根管解剖図鑑 大阪歯科大学名誉教授 小野寅之助著 (医歯薬出版)より抜粋


教授は在職中ライフワークとして、雨や嵐の時も、歯と共にあって、世界中で最も歯を楽しんで、歯の外形から歯の深い底に秘められた真相を知ろうと努めた人であろう。

退職記念出版物として歯科界に贈られた名著。


前歯画像の説明
上顎側切歯
 
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下顎側切歯
 
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上顎犬歯
 
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下顎犬歯
 
小臼歯画像の説明
上顎小臼歯
 
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下顎小臼歯
 
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上顎大臼歯
 
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下顎大臼歯
 
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頬側近心根管の複雑さに注目
上顎大臼歯
 
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A(正面像)  B(斜方向像)  C(側面像)
下顎大臼歯
 





患者供覧用根管透明標本の一調製法


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昭和4年(1929)、医学博士 小野寅之助は、根管の形態はいかなるものか、その透明標本の作製法を提示し、未だ論議百出の渾沌状況の根管処置を的確にするためには歯科医学と歯科医術とは手を携えて研究していくべきと強調している。

患者供覧用根管透明標本の一調製法
On the Further making method of translucent example of human teeth, which is objected to diseasers' sights.

医学博士 小野寅之助

臨床歯科医家に向かって日常普通に遭遇する歯牙疾病の一揃に勿論また珍稀なる例症も悉く患者の性別、年齢、職業、歯牙の部位、主要徴候等記入の上保存してこれらを後日の参考資料に備え且つまた患者説明用に供せらる、ことを要望せしことをここに年あり。
今日なお世界的に論議百出して、その渾沌裡にある根管処置方針の去就、解決のごときも一に歯科医学と歯科医術との協調に各自努力し大いに完成を急ぐの要あり。

先ずその根本的基礎をなすべき条件は、
よくよく根管は如何なる状態を具うるもるものなるか?
に通暁すべきことにしてここに出発すべきものなるは異口同音この点につき異議を挟むもの絶無とす。

されど現在この意味徹底し日常の行動にまで及べる域にまでは進みおらざるが如く、その目的の貫徹に向かってはその責務を担い大任を果たすべき臨床歯科医家の理解に俟つの他無きものにして、その所信は両者の間一脈の通ずるありて些少たちとも疎隔あるを許さず、二者相歩み寄りて大いに研鑽し一路完成に協力邁進すべきものとす。

既に先輩諸家の努力により根管の研究方法並びにその結果の大要はもはや一般同業者間に普及せしこと疑う余地なきも一層これが徹底を期し日常患者の診療の任に当たれる臨床家各位自己嚢中のものたらしむべく更に一層各人に根管の実際状況を親しく追試し立証を希いて根管処理の上に及ぼし記述の趣旨の達成具体化に精進せられんことを望む。

ここに推奨せんとする根管の透明標本表示方法はかつて(大正6年)余が髄腔殊に根管の解剖学的研究並びに髄腔の内積及び形状に変化を及ぼす諸原因に就いてなる小篇中の一節に紹介せしものなるも、その後反復応用し多少改良を加えたる箇所もあり成績洵に佳良にして実に推賞するに足る良方法たるを感得したることと、その製法至極簡易にして歯牙を壊滅せしむることもなく又脱灰等をも行う必要なき関係上操作中の二次的悪影響全然無く根管状況乱れず肉眼上明視し得るに止まらず更にレントゲン撮影像をも結び両者の対照を以てせばレントゲン像をのみ妄信するの不可なることを首肯し得べき長所あるものなり。

その方法大約次の如し。

  1. 新たに抜去せし歯牙を10.0%「フォルマリン」水(市販「フォルマリン」1.0に水9.0を混和したるもの)中に浸漬して固定し保存し置く。その期間は数日以上なればそのままいつまで放置し置くも差し支え無し。
  2. その歯牙内部に浸み込める「フォルマリン」を除去するため水道の口より少許宛(出来るだけ少量ずつ)水を落として徐々に数時間洗滌す。
  3. その「フォルマリン」水にて固定したる後に水にて「フォルマリン」分を洗い去りて歯牙を取り出しその周囲に付着せる軟組織並びに血餅管を大畧(たいりゃく)削去し更に水分を手早く拭去す。
  4. その歯根尖端部付近を避けて他の総ての部分を予め熔解準備し置きたる「パラフィンワックス」中に沈め込み少時にして引揚ぐれば歯牙の根端付近以外の部分は悉く蝋をもって被覆保護せらる。
  5. かく準備なりたる歯牙を「ヘマトキシリン」染色液中に浸漬して二三日間以上保留せしむ。その途中「ヘマトキシリン」の新液と交換すれば成績益々佳良なり。
    「ヘマトキシリン」染色液の処方左の如し 
     第一液 明礬(みょうばん)の微温飽和水溶液を放冷して、その上澄み液…200ml
     第二液 10.0%ヘマトキマリン純酒精液…10ml
    これら2液を混和してこれを広口無色瓶に入れ開口のまま日光に曝し約1、2ヶ月を経過せば熟して染色力を発揮するに至る。
    (万一その調製し煩瑣なれば森田商店研究部より実費配給を受けられたし)
  6. 「ヘマトキシリン」液中より歯牙を取出してこれを水にて十分洗い
  7. その周囲を包容せし蝋及び根尖端部付近の表面に付着せる紫黒色に染色せる軟組織を小刀を以て歯質を損傷せざるよう鄭重にあたかも牛蒡の皮を剥くが如くに削去して清拭す。
  8. これを酒精中に数日間浸漬して水分を奪取し更に
  9. 純酒精中に移して一層脱水の目的を遂行せしむ。
  10. 最後に冬禄脂(ウィンターグリユンオイル)中に移して透明とならしめ、その液中に保存せば可なり。

時日を経過するにつれ鮮明度を加う、もとより歯冠部は琺瑯質部分却って本操作により白濁するため髄質範囲隱蔽せられて明瞭を欠く。

されど元来本方法の目的とする所は歯牙を毀損せしむること無く又脱灰等を加うることなくして、その根管殊に臨床上幾多の最重要意義を秘蔵する根端部付近の状況を最も正確にかつ著明に表示し得る点に在りとす。
なおかつ特に推賞すべきは歯牙殊に根管のレントゲン像が幾ばくの臨床的価値を宣揚するものなるかを釈明するに絶好資料となり得ること是れなり。
この点もまた従来の処方法の到底企及し(肩を並べる)能わざる長所と言うて可なり。

以上の操作中(5)以下は使用薬液は更新する回数多ければ多きほど使用量大なるほど結果優良なり。

前記の方法に則りて開業歯科医家の各自が入手せられたる患者の性別、年齢、歯牙の部位等判明せる歯牙について自ら追試せらるればその数を加えること多きに達すれば多きほど臨床上この方面の治療根拠を確立せしむに至り一面患者を啓発するの資料ともなり効果蓋し鮮少ならざるべし各位の協力を望むや切なり。(1929. 7. 1)

現代仮名遣いに修正





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